現存する世界最大の生物は「シャーマン将軍の木」と呼ばれるセコイアデンドロン(ヒノキ科の針葉樹、学名Sequoiadendron
giganteum、別名ジャイアント・セコイア)で、その体積は約1500立方メートル、樹齢は約2200年にも及びます。是非とも一度見に行きたいものです。その迫力に圧倒されることでしょう。また、私たちの身近な場所でも、例えば、歴史のある神社に行けば、クスノキやイチョウの巨木を目にすることができます。このような樹木が巨大な体を長期にわたって維持する能力は、植物が進化の過程で手に入れた特性です。加えて、植物は限られた資源(エネルギー)のなかで、持続可能な体づくりを達成していると言えます。私はこういった植物のもつ特性を理解したいと考えています。そのためには、これまでの植物科学における博物学的な形態解析や分子生物学的な遺伝子・タンパク質の分子機能解析だけでは不十分で、植物体を構造物として捉え、力学的視点から追求する必要があります。一方で、持続可能な社会の構築に向けて、サステナブルな生活空間の実現が世界的に希求されており、植物のもつ持続可能な体づくりの原理を利用した省エネ・省資源の構造システムの開発が期待されています。
私たちはここに、新学術領域「植物構造オプト」を立ち上げました。本領域では、「植物は、重力や栄養などの多様な環境因子に応答して植物独自の構造ユニットである細胞壁を動的に制御し、自律的に力学的最適解を得るといった、優れた構造システムである」という発想のもとで、植物の力学的最適化の実際を、分子、細胞、組織、個体というマルチスケールで読み解きます。これによって浮かび上がってきた植物の力学的最適化戦略をモデル化し、理工学的新規モデルに昇華させることによって、次世代型の真のサステナブル構造システムの基盤を創成します。
そのために、本領域では、「サイエンス(植物科学)」と「エンジニアリング(空間構造工学)」を融合します。これまでにも、理学と工学の融合は多数存在します。例えば、生物の構造的な特性を模倣した構造体を作る「バイオミメティクス、バイオミミクリー」や生物の発生過程を力学的視点で解析する「メカノバイオロジー」などが挙げられます。これらの多くは、理学と工学の一方が他方の力を借りる形での融合ですが、本領域で私は、双方が真に融合することで、新しい学問としての「サステナブル構造システム学」を生みだしたいと考えています。そのためにはまず、理学と工学の相互理解が必要です。この相互理解には頭の柔軟な若手研究者の力が欠かせません。本領域では、新しい発想で本領域の研究に挑戦する若手研究者を全力でサポートしたいと考えています。その中で画期的な融合研究が生まれ、「サステナブル構造システム学」を担う人材が育つことを願っています。
なお、本領域は、平成24~28年度の新学術領域「植物細胞壁機能(代表:東北大学・西谷和彦教授)のメンバーが中心になって発足しました。本領域の提案の基盤となる「植物が自律的な力学的最適化戦略をもつ」という着想は、「植物細胞壁機能」の研究成果に大きく依拠しています。本領域では、こうした「植物細胞壁機能」で得られた知見をさらに発展させることができるよう努力して参ります。領域発展に向けて、皆様のお力添えを、よろしくお願いいたします。
平成30年9月5日
奈良先端科学技術大学院大学・先端科学技術研究科・バイオサイエンス領域
教授・出村 拓 (でむら たく)