奈良先端科学技術大学院大学・デジタルグリーンイノベーションセンター・教授 出村 拓 (でむら たく)
全地球レベルでの環境問題や人口問題の深刻化が進む現在、サステナブル(持続可能)な社会の構築の取り組みが加速化しています。その中でも、安全性と機能性が保障され、周辺環境と調和したサステナブル生活空間の実現は最重要項目の一つであり、ものづくりや建築設計、まちづくりの現場においても、さまざまな角度からの模索が始まっています。
その一つが、材料科学や空間構造学といった理工学の分野における、生物模倣技術の開発研究(いわゆる「バイオミミクリー」「バイオミメティクス」)による持続可能なデザインの創造です。近年は特に、生物の技術体系がもつ低環境負荷性かつ環境調和性に注目が集まっており、より幅広いスケールでの生物模倣の試みが始まっています。一方で、植物細胞壁に関する近年の研究から、植物は、多様な環境因子に応答して自律的に力学的最適解を得る、優れた構造システムであることが実証されつつあります。
以上を背景として、本領域では、植物の力学的最適化の実際を、分子、細胞、組織、個体といったマルチスケールで理工学的に読み解くことを目的とします。さらには、植物の力学的最適化戦略を新規の省エネルギー・省部材の建築設計や新材料モデルに昇華させ、次世代型の真のサステナブル構造システムの基盤を創成することを目指します(下図)。
本領域では、植物の営む諸現象に潜む「力学的最適化戦略」に立脚した、新たな建築構造システム原理の基盤創出を行います。このためにA01からA03の3つの研究項目を設定する。研究項目A01「システム」では、器官から個体スケールでの力学現象(「重力屈性における姿勢制御」や「環境応答に伴う形態形成」)の理解、および、そこからの新たな「建築システム」の提案を、研究項目A02「モジュール」では、細胞から組織スケールの力学現象(「細胞壁の部分的な強化」や「細胞配置による力学的安定性」)の理解、および、建築における「モジュール(積層工法におけるブロックなど)」の新規デザインを、研究項目A03「ユニット」では、サブ細胞スケール(「細胞壁」、「液胞」、「細胞骨格」、「膜構造」など)の力学的特性の解析、および、建築における「ユニット(建築部品や部材など)」の開発を、それぞれ行います。
期待される最大の成果の一つは、植物の力学的最適化戦略に基づいた新規の構造システムモデルの提出です。また、植物細胞壁の可塑性と物性が生み出す構造力学的特徴の知見を活かし、次世代型材料モデルを構築します。さらには、生物の生存戦略、特に内外環境と調和しながら自らを安定的に成長させるための基本動作原理の一つに「力学的最適化」を加えることとなり、生物学の基本原理を書き換えることも期待されます。
また、本領域が将来的に見据えるのは持続可能な社会構築に直接的に貢献しうる新たな科学分野の創成です。本領域の学術的成果となる新規の空間構造システムモデルは、将来的には社会実装技術へとリレーし、特に日本という国土固有のさまざまな環境因子(地震や台風、四季の温度差など)に調和したサステナブル建築への展開を想定しています。さらには、植物の環境応答能のデザインや、植物の高機能化など、地球環境変動に耐えうる植物の創出やバイオマスの改良といった点からも、持続可能な低炭素社会の発展や食糧増産に寄与する次世代バイオ基盤技術の確立への貢献が期待されます。
力学的最適化:生物が発生や環境応答の過程で自らの身体構造を力学的に最適な形へと変化させること。生体分子、細胞、組織、個体など、さまざまなスケールでの力学的最適化が想定されます。
サステナブル構造システム:資源・エネルギーの枯渇や絶え間ない環境変化の中でも高い持続可能性をもつ空間構造のこと。
平成30年度~34年度(令和4年度)
1,180,500千円